井ノ上 浩二

AZUMAのイス張り職人 井ノ上 浩二 の紹介

【イス張り職人・お客様担当係・サイト管理・制作】

椅子張り職人になったきっかけ

椅子張り職人になったきっかけ 親方とは親子関係にあり、父である親方とミシン加工など縫製などを手伝う母を見て育ち、物心ついた頃にはクッションをひっくり返したり、クッションにウレタンを詰めたりと出来ることを手伝っていました。そのころから手で何かを作り上げることには特に興味を持っていました。そんな父の仕事を間近に見る環境にあり、子供ながらに「イス張り職人」である父の仕事をスゴイと思っていました。高校を卒業を間近に、「イス張り職人になりたいと」父に伝えると職人一筋の俺を超えたければ大学を出て、いろいろなことの出来る職人になれと言われ、それならばと工学部に進み人間工学を学んでみようと考え進学。大学卒業後、東加工所へ入社し晴れてイス張り職人の道を進み始める。

 2000年より立ち上げたホームページの製作、お問い合わせへの対応などの担当者として皆様の対応をさせていただいております。おかげさまで年々伸びるお問い合わせ件数と受注件数に2001年半ばよりイス張り職人としての道具をいったん置き、お客様担当係としてご注文いただいたイス張り替え加工を監督し、実際にはAZUMAのイス張り職人が加工を行っています。

 私の「アラ・カワ」という名は営業ネームとして名乗らせていただいております。本名は親方と同じ「井ノ上」と申します。さらに、イス張り職人「太平(オオヒラ)」は私の実の兄で、最初は親方が1人で仕事をしていたところに兄が入り、私が加わって親子3人でイス張り職人として腕を振るっておりました。ある時、タウンページをご覧いただきお電話をいただいた方の対応を私が行い「井ノ上」と名乗って電話を切りました。後日その方から私が留守の時にご連絡いただきましたが、「井ノ上さんという方と話しをした」とおっしゃっていただいてもまったく話しが通じず、不快な思いをさせてしまったことがありました。そういった経緯があり、兄と私は営業ネームを名乗って仕事をしようということになり、今日に至ります。その後は「アラカワ」を呼び出していただけるようになりましたので仕事上はそういった間違いがなくなりました。営業ネームですがイス張り職人「アラ・カワ」を今後ともよろしくお願いいたします。

大変なこと

大変なこと 張り替えでは表に見える生地部分がきれいになることは目に見えて明らかなのですが、座り心地などの中のことは、口頭やE-Mailでの打ち合わせでお客様の求めている座り心地を想像して形にしていかなければなりません。生地など明確なものの決定と同時に、中身の曖昧かつ適当なものを決断することは私の手腕だと思っております。時には身長や年代、家族構成、生活スタイルなどをうかがいながら、提案させていただいております。

嬉しいこと

嬉しいこと 椅子やソファの張り替えは今まで存分にお使いになった状態でご依頼をいただくことになります。その状態から、お客様のご要望を組み入れつつ、新品同様(私達は新品以上に仕上げる意気込みですが)に仕上がり、元あった場所に椅子達は帰っていきます。そうなるとほとんどの方に大変お喜びいただけます。特に座り心地を気に入っていただけたときには右手で小さくガッツポーズです。さらに、ご感想などでイス張り替えに至るまでの椅子達の歴史や経緯をうかがうことができたり、これから先もずっーと大切にお使いいただけそうだと確信できたときなどは妥協せず精一杯の仕事をさせていただき良かったと心底思います。使い手である皆様の満足こそ作り手であるイス張り職人の満足でありたいと強く想いつづけていきます。

抱負や職人としての目標

 私の目標はイス張り職人として再び道具を握り、使い手である皆様のために腕を振るうことです。しかし、その前にやらなければならないことは大きいです。

1.AZUMAのイス張り職人の育成

2.AZUMAのイス張り職人の独立支援

3.AZUMAで一人前になったイス張り職人のネットワークづくり

4.全国のイス張り替えのご要望に対して出来るだけご近所での確かな技能提供

5.以上の事柄を視野に入れたWEB運営とシステム構成・運営

6.私自身、イス張り職人として技能を振るうこと

お客様へのメッセージ

受注の際に常に念頭にあるもの。

「イス張り職人(作り手)の満足」=「皆様(使い手)のご満足」

そのために私たちイス張り職人は技能と知識の向上に努めます。



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